おはようございます。
以前、道を歩いていて、偶然、昔自分が嫌いだった、いじめの多かった学校の同級生に会いました。
自分はその学校が大嫌いだったので「早く卒業して、こんな人たちと2度と会いませんように」と学生時代を過ごしていたんですよね。
それで、その同級生だった人曰く「あの際は、自分もおかしいと思っていた、だけど、ただ誰某周辺にあわせて、つい悪口を言っていた」みたいな事を一生懸命に自分に言うんですよ。
でも、自分としては、その学校に在籍していた、と言う事自体「忘れたい思い出」だし、当然その人からも嫌な話をされて、不快でした。
だからその際に「誰某に言われて仕方なく合わせていた」のかも知れませんが、自分にとってはそういった弁解や謝罪も聞きたくないと言った感じで聞いていました。
多いですよね?ある集団を抜けた際に「自分も、あれは変だと思った、でも誰々が言うから、つい自分も口が滑った」とか。
「誰々はそういうけど、それは当の本人から聞いた話なのか?」という信憑性も持たずに「それのようだ」
「・・・・・と言う事らしい」とか。
面倒なんですよね。
「誰某に言われて仕方なく合わせていた」と言う事は、その人にとっては結局「自分の意見がなく、先日まで仲が良かったが、それもどうでも良い事になる」と言う事でしょうか?
随分希薄だなあ・・・・と思って、自分は後々になってから、人を介して弁解をしてくるような仲間は、友達でも何でもないな、と思いました。
ある仲間を抜けたときに「自分もあれはおかしいと思った、でも誰々が言うから仕方なく」みたいな、合わせているだけの人間関係って、しかも、悪口で?相手は「誰でも良い」みたいな感じだし、そういう仲間だったら自分は仲間とは思わないです。
その話、うんざり、一体何処から流れてきた・・・・・と言えばでどころは意外にも烏合の衆が騒いでいる事であり、「またあいつらか」と言う事で、ドミノ倒しのように倒れる日が来るでしょう。
アイドルと言うと、様々ですよね。夢中になった人もいるようですが、自分はあんまり熱中はしなかった気がします。
最近は、よく「環境整備が」と言う言葉が安易に使われるようですけど、それを自ら実行して、そうなったという例は少ないですよね。お偉い方でも環境整備が、と言うけれど、それは本当に実行しているのでしょうか。